銀の風

四章・人ならざる者の国
―47話・風変わりな土地の土―



竜の止まり木を活用しつつ、海をクークーに乗って行くこと数日。
一行の目に、ようやく大きな陸地が見えてきた。
「ねーねー、みんなー!あれ見てー!」
フィアスが興奮して、パタパタ手を振って陸地を指差す。
「見えてきたぜ!あれがゴアディス大陸だ!
「いや〜、けっこー長くかかったねぇ〜♪」
しみじみとナハルティンが呟く。
数日とはいえずっと空の上だったのだから、
陸地を見るとちょっとした感慨も沸くというものだ。
「(すごーい!)」
思わずポーモルも、クポクポと歓喜の声を上げる。
普通は一生住んでいる森から出ないモーグリの彼女にしてみれば、
こんな事は夢にも見なかった状況だろう。
感動もひとしおといったところかもしれない。
「すごいよね〜……。」
大声を張り上げていたフィアスは、どんどん近くなる陸地を夢でも見るかのように見ている。
ポーモル同様の気持ちでいるに違いない。
目をキラキラ輝かせる様は、まさに冒険好きの子供といった風情をかもしていた。
「クークーの上はいっつも気持ちいいけど、こういうのは初めてかも〜!」
アルテマも、フィアスと同じようにはしゃいでいる。
いつもはクークーの上とは言っても、陸地の上が主だからだろう。
延々続く海原の左記に陸地を見つけた時の感動というものは、確かにない。
「たまにはこういうのもいいかもしれませんね。
この数日は大変でしたが。」
珍しく頬を緩ませて、ジャスティスは眼鏡をキュッキュと拭いてから掛けなおす。
彼の言うとおり、この数日は竜の止まり木があっても少々大変だった。
だがそれも、後もう少しの辛抱である。
「もうすぐつくから、そうしたら今夜はいい宿に泊まろうぜ!」
珍しくリトラが積極的に声を上げた。
節約が身上の彼が、いい宿と口走るのは珍しい。
きっと、数日まともな場所で眠れなかった仲間へのご褒美なのだろう。
「クークーにも、ちゃんとご褒美はやるだろうな?」
「やるに決まってるだろ!」
からかうように言ってきたルージュに、リトラは馬鹿にするなとばかりに言い返す。
いくらなんでも、道中で一番の功労者にそんなけちな事はしない。
むしろ、一番いいご褒美を上げてちょうどいいくらいだ。
「ま、それは冗談としてだ。降りたらまず手続きをしないとな。」
「え?いるの?」
ルージュのぼやきに近い言葉が耳に入ったらしい。
寝耳に水だと、アルテマがすっとんきょんな声で話に首をつっこむ。
「よそから来た奴に、ヴィボドーラはけっこう厳しいんだよ。
特に人間は。無断で入ったなんてばれたらまじでやべぇぞ!」
「えーっ、何でよ!?」
さっぱり話が見えていないアルテマは、ブーブー文句を募らせた。
「だ〜っ!着いたら説明してやるって。」
今説明するのは面倒くさいのか、うっとうしそうにリトラが怒鳴った。
一行はそれから2時間ほどで陸地にたどり着き、
いったん1時間ほど休憩を取った。
それから、ルージュが言った手続きをするために、海岸にある沿岸監視をしている詰め所に向かった。

―ヴィボドーラ第3沿岸監視所―
ヴィボドーラの北の海岸の監視をしている監視所は、
沿岸にたどり着いた外国からの客人を受け入れる入国管理局の支部も兼ねている。
「着いたぜ。ここだよここ。」
「えっ?!こ、これが?」
「変わった建物ですね……。」
アルテマやジャスティスがあっけに取られるのは無理もない。
この建物は見慣れたレンガや石材の建物ではなく、天然の石を積み上げたような外見をしている。
しかも、まるで丘のようなドーム型だ。これはちょっと珍しいだろう。
「ヴィボドーラはこんなもんやで〜。
ていうか、こういう公共の建物の形なんて序の口やで?
普通に住んでる家なんかには、もっと面白い形もあるんや。」
「そうなのー?!」
フィアスが仰天する。
この建物でさえ珍しい形だと思うのに、これが序の口と言われれば驚くだろう。
きっと彼にとっては、ここはおとぎ話のような不思議な国に違いない。
事実、人間の国しか知らないメンバーにはそんな風に見えるはずである。
「とてもおもしろいですね!他にはどんな感じの建物があるんですか?」
「それは見てからのお楽しみやで〜、ペリドちゃん♪」
いたずらっ子のようにリュフタは言って、
なんだか楽しそうにニコニコ笑っている。
それはともかく中に入ったリトラ達は、さっそく手続きをすることにした。
「おや、子供ばっかりぞろぞろと……こんなところに来てどうしたんだい?」
窓口のカウンターにいるガーゴイルが、
いかにも珍しいものを見るような目で出迎えた。
「おれ達、外国から海を渡ってきたんだよ。入国手続きしてくれねーか?」
「ほ〜っ!ちっこいのにやるじゃないか!
じゃあ、さっそくこの紙に名前と種族なんかを書いてくれ。
種族はにおいである程度分かるから、ごまかそうなんてしちゃ駄目だからな。」
「おう。わかってるよおっちゃん。」
ヴィボドーラの入国手続きについてある程度知識があるのか、
リトラは手を止めることなく紙に必要事項を書いていく。
自分で記入できるメンバーには紙を渡して、
書けないフィアスやクークー、ポーモルの分も記入しなければいけない。
「……これで全員分だよな?」
リトラは、書き終った紙を集めて数を勘定する。
記入漏れがあっても困るので、内容もちゃんとチェックした。
一通り見て大丈夫そうだと思ったところで、受付のガーゴイルに紙を渡す。
「書けたぜ。」
「よし、ありがとうな。ふんふん……。」
ガーゴイルは受け取った書類を、記入漏れがないか丁寧にチェックして行く。
待っている間、フィアスやアルテマ、それにポーモル辺りは、
ちょっと落ち着かなさそうな様子を見せている。
「よし、書類はちゃんとかけてるじゃないか。
じゃあ、今から奥で手続きするから、その辺の椅子とかわらに座って待ってな。」
リトラ達にそう言ってから、ガーゴイルは書類を持って奥に行った。
手続きは時間がかかるものなので、
言われたとおり各々座って待つことにする。
「手続きって、いったい何するの?」
待っているのは退屈らしく、フィアスがいきなり質問してきた。
リトラは別に嫌な顔をせずに、それに答えてやる。
「許可証だよ。
おれ達は外の奴だから、滞在許可証をもらわねーといけねーんだ。」
「ふーん。それってどういうの?」
許可証というからには、紙か何かで出来ているのだろうか。
アルテマには、それくらいしか想像がつかない。
「旅人の管理もそうだが、何より人間が定住したら困るからな。
これで種族とかをきっちり証明するわけだ。」
「何で人間が住むと困るんですか?」
「天界育ちのお前には分からないだろうな。
こいつはヴィボドーラって国の成り立ちが関係してる。」
「興味深いですね。成り立ちといいますと?」
ルージュが言う国の成り立ちは、地界に疎いジャスティスの興味を十分引いた。
興味を引かれたのは何も彼に限ったことではなく、
横にいたペリドとナハルティン、それにポーモルもだ。
「この国は、元々人間がいない所に住みたい連中が作った国だ。
この大陸にも昔は人間がいたらしいが、その時残らず追い出したらしい。
だから、人間が住みつかないように目を光らせてるんだと。」
「えーっ、ちょっと、何で人間だけ仲間はずれなのさ?!
追い出すとかひどくない?!」
パーティ唯一の純血種の人間としては黙っていられず、
アルテマはつい立ち上がって抗議してしまう。
彼女の気持ちは、ルージュとて別に無下に否定したりはしなかった。
「あーきーらーめーろ。ここはそういう国なんだぜ。
それと、人間嫌いが多いからお前は気をつけろよ?
だから単独行動だけはぜったいすんな。」
「わかったけど〜……何か納得いかない!!」
リトラのアドバイスはありがたく頂戴しておくべきなのだが、
不服なアルテマはぷりぷり怒ってわめき立てる。
怒ってもこれはしょうがないことなのだが、
納得いかないのも無理なからぬことだ。
「気持ちは分かりますけど、
世界にはそういうところもあるんだなって思って、
落ち着いてください。ね?」
「う、う〜……。」
ペリドに言われて、アルテマは何となく黙り込んでしまった。
実質はペリドの方が1回りも年上なのだが、
見た目が年下なので、なんだか自分が大人気ないように思えるのかもしれない。
人間の心理は面白いものである。
「ヴィボドーラってこわいところなんだねー……。
ぼく、だいじょうぶかな?」
「大丈夫やで。フィアスちゃんみたいな人間とのハーフでも、
ヴィボドーラはちゃんと他のモンスターとか動物とおんなじ扱いをしてくれるさかい。
心配はいらんで〜。」
「そうそう。混血は8分の1まで大丈夫らしいからよ。」
不安がるフィアスに、リュフタの尻馬に乗る格好でリトラまでフォローを入れた。
人間以外の種族にはとても寛大なこの国は、
人間の血を引く動物や魔物にも寛大だ。
もっともそういう言い方をされると、
ハーフでしかも人間として育ったフィアスは、嫌な顔をするだろうが。
「(なんだか、ここも色々不思議なところね。)」
ポーモルが、正直なところらしい感想を漏らす。
彼女もモーグリとはいえ、この大陸の外の住人だ。
やはりヴィボドーラの制度は不思議なものにうつるらしい。
実際、種族に関する規定があるというこの点だけとっても、
他では見られない変わったものである。真っ当な反応だろう。
「確かにそうだよね〜。
んー、なんだかこの先ちょっと楽しみかも♪」
「何を楽しみにしてるか知りませんが、
変なことだけはしないでくださいよ!」
うきうきし始めたナハルティンの様子を見て、
どうせをくでもない事だろうと決め付けたジャスティスは、苦虫を噛み潰した顔で釘を刺す。
もちろん、ナハルティンは右の耳から左の耳だ。

暇つぶしに雑談を続けること30分あまり。
手続きが済んだようで、奥に引っ込んだままだったガーゴイルが出てきた。
「待たせたな坊や達。ほら、これが滞在許可証だ。
首にかけたりかばんにつけられるようになってるから、絶対に落としちゃ駄目だぞ。」
紐や金具がつけられた滞在許可証を、
代表でリトラがまとめて受け取った。
数を勘定して、全員分揃っていることをきちんと確かめる。
「ありがとうな。一度にいっぱいたのんじまったけど。」
「いいって、仕事だよ。」
リトラに礼を言われたガーゴイルは、強面で陽気に笑った。
外の大陸では彼らの仲間が襲ってきたりもするだけに、
こういう顔も出来るのかとこっそり感心するメンバーもいる。

滞在許可証を手に入れたメンバーは、
ようやく街道に出ることが出来るようになった。
「これって、つけてないとだめなの?」
一見すると、シンプルな金属のメダルのように見える滞在許可証を、
手でぷらぷらとさせてアルテマは聞いてきた。
「別に首からさげてなくてもいいけどよ、すぐ出せるところに入れとけよ。
でないと、パトロールしてる連中とかに出せって言われた時とか、
町に入る時にいちいち手間取っちまう。」
「へー。」
「身分証明なんですよね。」
ペリドはちゃんと目的を理解しているので、
受け取って早々にかばんの取り出しやすい位置に入れている。
身分証明は、提示を求められたらすぐに出す必要があるので当然のことだ。
「そうそう。ペリドはやっぱちゃんと分かってるよな。
どっかの単細胞なMr.デスクッキングとは大違いだぜ。」
「何ですってー?!何よその嫌味!」
「じゃあ、わかんないぼくも馬鹿?」
フィアスがしょんぼりした様子で、こそっと周りに聞く。
するとナハルティンが、すぐさまとんでもないと大げさに身振りで否定した。
「フィアスちゃんはちっちゃいからそんな事ないよ〜ん♪
まだ4つでしょ?これが良くわかんなくても恥ずかしくないって!」
「それを言うんならアルテマちゃんやって、まだ10歳なんやけど……。」
リュフタが注釈をつけるが、もちろんナハルティンは右の耳から左の耳だ。
「あっちはほっといて……まずは首都だな。」
「そうですね。情報収集なら、まずは大きな町ですから。」
ルージュが言うヴィボドーラの首都とは、どんなところなのだろうか。
密かに興味を覚えているジャスティスをよそに、
パーティ内の喧騒はまだ続いている。



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ヴィボドーラ到着。まずは許可証をゲットです。
次回はリュフタいわくもっとユニークな建物でいっぱいの首都に、クークーに乗って向かいます。
でも建物よりも、お役所づとめで手続きなんぞしてくれちゃうガーゴイルの方が、
かなりユニークというかシュールな気もします。
まあ、他種族国家なんで当たり前な光景なんですけどね(え